平和憲法九条を守る

憲法九条 条文

第九条 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

憲法って何?

憲法という言葉は、「職場の憲法」とか「わが家の憲法」というように、その組織の基本ル-ルであることは広く知られています。日本国憲法は、わたしたちの日本の基本ルールです。

王様をしばる法律

絶対王政の時代に、権力者の王様は、一部の商人や領主と結託し弱いものいじめをしたり、市民の土地を没収して自分の土地にし、贅沢に暮らしたり、お金が無くなると、どんどん増税したりしていました。それは、王権神授説といい、王様は神様の代理であって王様には絶対服従しなくてはならないとされていたからです。
納得のできない市民は、悪い王様を追放し、新しい王様を迎え、市民に約束をさせました「市民の代表である議会の承認なしに、法律を作らないこと。王様の権限で裁判をしたり、不当に逮捕しないこと。」これが立憲君主制の始まりです。
その後、市民に自由を約束させ、市民の権利を保障させたのが、世界で最初の民主的成文憲法「アメリカ合衆国憲法」です
このように、圧政を行う国王をしばるのが憲法です。
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日本国憲法はどんな法律?

日本国憲法は、第2次世界大戦で敗戦しポツダム宣言を受諾した後、欽定憲法(天皇のための憲法)から民主憲法(みんなのための憲法)にするために制定されました。その103条からなる法律の、大原則になるのが、「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」です。世界で初めて「戦争放棄」を宣言した憲法です。
資料のダウンロード ● 絵本「憲法って、なんだろう」—日弁連を是非ご覧ください

「平和主義」は、憲法九条に限ったことではありません。憲法前文には、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こる事のないように」「日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・われわれは、平和を維持し、・・・国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」と堂々と宣言しているのです。
この憲法は、「アメリカによって作られた」と議論がありますが、日本国憲法が作られる前、当時の憲法改正衆議院特別委員会委員長・芦田均(後、総理大臣)は、「過去の戦禍によって戦争の忌むべきことを痛感した」「世界を文明の破壊から救わんとする理想に発足した」と立法趣旨を述べています。さらに、政府を代表して、吉田首相は、「日本国が好戦国であるとの世界の疑惑をのぞく」とともに「国連自身も理想とかかげている、戦争は、国際平和に対する犯罪であるとの精神を、我が国が率先して実現する」ことが意図であると、強調しています。

憲法九条の要点

憲法九条は、①戦争の放棄②戦力の不保持③交戦権の否認の3っつの規定からなります。

戦争放棄

憲法九条は「一切の戦争を放棄する」としています。
戦争には、(1)侵略戦争、(2)制裁戦争、(3)自衛戦争の三種類があるとされています。これを一切放棄すると、宣言しています。また、「武力による威嚇」「武力の行使」は永久に放棄すると、記されています。
ただし、「国際紛争を解決する手段としては」の文面が、大議論の大元となっています。「国際紛争を解決する手段としては」は、条件付きで、戦争を放棄したものなのか?もし、条件付きで戦争放棄したとしたならば、自衛のための処置はとっても良いのではないのか。と歴代の政府の見解として、日本国として自衛権は持っている。とされているのです。その後、自衛のための処置をとる準備段階として、日米安全保障条約を受けて「自衛隊」を発足させました。かりに、自衛のための処置をとるとしても、「自衛戦争」は放棄されていますし、「交戦権」はないのです。今回の戦争法は、まさに、[他国で武器使用を許可する]など、どんなに考えても違憲であるとしか思えません。

戦力の不保持

「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」戦争、または武力行使をするための、その可能性を潜在的に持つ力、それが戦力です。ここでも、歴代政府は、「自衛力」は「陸海空軍その他の戦力」に該当せず、「自衛に必要かつ相当な限度において、保持することが許容されている」と見解を表しています。つまり、「戦力=軍事力」ではなく「非戦力=防衛力」と解釈したのです。ところが、客観的に見ても、自衛隊は、闘う能力を持った戦力としての軍隊であることは明確と言わざるを得ません。また、百歩譲って、防衛力だとしても、「戦争法案」にある、米軍と連携し海外で武力行使をすることは、”軍隊ではない”と言えるはずがありません。

交戦権の否認

素直に受け取ると、相手が戦って来たら「交戦せずに逃げよ」と読めますが、国際法上、自国に対する急迫に侵害される恐れがある時に、実力を持って防衛する権利「自衛権」は認められています。これが、「国権の発動たる戦争」でないことは、認めます。
一方、国連の加盟国として、国連軍が、国連の責において、平和維持のための国際警察的機能をはたす場合、兵力を有しない援助・便益をはかる行為は、認めざるを得ません。それは、憲法前文の「いづれの国家も、自国のことのみ専念して他国を無視してはならない」「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」と表記されていることから明らかです。
ただし、相手の国が、公海を通った時に攻撃することは、交戦です。たとえ、日本人が公海で困難に立っている時にそれを助けに行って相手に銃弾をあびせることも交戦です。また、日本に輸入される石油タンカーが海賊にやられているから、その海賊を日米単独で攻撃することは、(たとえ国連承認があったとしても、)日本が実力行使をすることは、交戦と言わざるを得ません。自国の利益を優先して相手を傷つける行為が、なんで”交戦でない”といえるのでしょうか?。また、集団的自衛権と称し、同盟国が戦闘状態にある時に、それを助けるために、相手国を攻撃することが、なんで”交戦でない”といえるのでしょうか?。(個別自衛権と集団的自衛権の違いは、タイトル「集団的自衛権」にてお話しします。)

とにかく、若者たちを戦争に送り出し、人を殺す、人に殺される事があってはいけません。
戦争を二度と起こさないと誓った日本が、戦争を起こしてはいけません

廣井 誠

参考資料:「憲法教室」民主・平和・人類の原点を探る -和田英夫編ー 有斐閣選書